(1974年)7月28日(日)晴れ、3日目

今日は朝から反省事項がある。
6時過ぎから目が覚めたのだから8:08のロンドン行きに十分間に合ったはずなのに、坂口氏に遠慮して11時の列車になってしまった。まだまだ気が小さいな。
パン:11F
水(ノーガス):17Fだ。
11:27ブラッセル北駅発、1等のコンパートメントには老夫婦(途中で降りた)、一緒にトム・ジョーンズに似たペンタックスを持った人が乗った。
老夫婦が降りると、入れ替わりにちょっと貫禄ある人が乗ってきた。
郊外に出ると、あちこちにポプラ並木があって、ヨーロッパーという感じ。こんな気候だとあんな風になるのかなあ。
オステンドに(12:58)着いて、始めはボーとしていたが、切符を買わなければいけないことに気づいて、10ドルをポンドに、10ドルを再びベルギーフランにした。
ドーバーまでの船賃は、42.4BF。で、買うときに何も言わなかったので「ドーバー?」と聞かれて、「イエス」と言う始末。
前の人たちはなにかノートにハンコを押してもらっていたのに、あれはなんだったんだろう。
ワンウェイか、往復かと聞かれて、ボヤーとしていて「往復」と言ってしまったが、あわてて、"No, one way."と言って訂正をした。
パスポートを見せて入出国カードを貰って、切符をちぎって乗船証を貰って、船に乗り込む前に、もう一度おじさんに見せてようやく乗り込んだ。
下に行くのか上に行くのか分からず、始めは下に行って、ああ、これは寝台だなーと思って上にあがった。
フェリー出発は、14:45
ドーバーには、18:20着予定。
17時頃から船の揺れが気になり、17:30になると気分が悪くなり吐きたくなってきたので、17:50から、トイレにいってがんばったが、つばしか出なかった。
パンを時々齧ったのが影響したかな。
ドーバーでは、早速、あの独特の帽子のおまわりさんがいた。
入国検査で、
「英語は話せるか?」
「ハイ、スコチナラ。」
「いつまで英国に滞在するのか?」
「ホンノ、スコチ」
「ホンノ少しを、具体的に」
「1,2,3オア4」
「何のために来たか?」
「カンコウ」
「・・・・・?」
「ナニカ?」
「君は、どこから帰るのか?」
「ブラッセル」
「帰りの航空券は持っているか?」
「ハイ、こぴー、デスガ」
で許してもらった。
列車の2等に座って、ドーバーを離れてすぐ、ドーバー独特の白い崖の下に野ウサギがちょこん、とこちらを見ていたのが印象的であった。
途中は眠くて、眠くて、社内改札の車掌は隣の女の子が切符をまとめて出したのを、自分も一緒だと思ったのだろう、そのままいっちまった。
イギリスは、丘陵地帯だ。
牛や羊が草を食んでいる。
途中、何mが忘れたが、ローテータ付アマ無線アンテナを見つけた。
ビクトリア駅到着。
多少うろうろして、案内所で聞こうかと思ったが、やめてホテルガイドを見て歩いていった。
Belgrave Roadのコロナホテルやビクトリアホテルでは断られた。
後から歩いてきた二人組みに向かい側のホテルはどうだと、勧められて行った。
2ポンド99ペンスだ。10ドルをポンドに換えた大半が飛んで行った。
明日こそは、YHに入ろう。
泊まったホテルの名前は、Young Generation Hotel
朝、ホテルガイドを見て分かったのだが、ここら辺は高いホテルが多いそうだ。ガーン。