[所感」

2018.06/06〜08まで、新宿駅西口広場で、「くらしと測量・地図」展
が開催されていた。
このような催しには興味があるので、出向いて、昭和前期の東京古地図を見ていたら、
昭和前期の(現在の渋谷区神宮前二丁目)地図に、「團邸」と読める箇所を発見した。

かつて、團琢磨を祖父に持つ、團伊久磨の「パイプのけむり」中に原宿の旧邸宅の描写「かつては、原宿駅に直接行けた」という記載があったのを覚えていたので、おそらくそれであろうと思い至った。
写真は、原宿駅との関連性を持たせるためにオフセットして撮影。
ウィキペディアによると、1937年(昭和12年)、13歳までの住まいということになる。

高度成長期前夜の地図では、もう何某邸との記載はない。
さて現代の地図に如何にして落とし込もうか・・・考えていたら、ネットに
法政大学大学院デザイン工学研究科紀要 Vol.2(2013 年 3 月)
近代数寄者の邸宅造営に関する研究
−私的領域に開花する東京の和風空間−
輪島梢子氏
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/8506/1/12_k_m_wajima.pdf
中、図3
「台地部に母屋、南面に斜面を持つ邸宅地の例(豊島区原宿 団琢磨邸)
というものを発見。

貴重な資料なので、有難く引用させて頂く。
これを、グーグルマップ上に展開したら、

となった。
かつての「池」は失われているが、その「邸宅」感が伺える。
路地の微細な屈曲と、千駄ヶ谷オリンピック道路側の台地部が分かるストリートヴュウが参考になった。