繁栄

−明日を切り拓くための人類10万年史-
著:マット・リドレー
訳:大田 直子/鍛原 多惠子/柴田 裕之
早川書房(2010/10)
ISBN:9784152091642/9784152091659
著者は、ヒトの進化について解説した「赤の女王」を著している。
本書は、人類という種が進歩し繁栄した理由、とその中でしばしばその歩みの足を引っ張るこれまた人間が源泉的に保持する悲観的な見方を解説している。
曰く、なぜここまで人類が繁栄したか。理由は交易である。
現代我々の生活において、身の回りのものは、高度に分業され製造されたもので満ち溢れている。
百均商品を手にとって、それらにおいて、自分自身で105円以内で生産できるのは、なにひとつとして、ない。
だからこそ、人々は百均ショップでものを買う。
しからば、その個人が勤めにおいてどのような仕事をしているか。通常の労働においてはかなり専門的な内容であろう。
労働の対価として賃金を受け取り、その中から目に見えない他人が為した労働内容を集約した商品を購って暮らしている。
言い換えると、現代では自給自足の生活はあり得ないということなのである。
手近な生活から、もうすこし範囲を広げて、国同士のつきあいにしても、同様のことが言える。
各国の置かれている環境を十分に生かした「貿易」で、現代社会は成り立っている。
日本は、資源に恵まれない環境下で、原材料を輸入してそれに付加価値をつけて海外に売り、対価を得て成長してきた。
著者は、保護貿易主義は成長への桎梏と言う。
同感である。TPPでは、国内農業製品に対するインパクトが大きいと一次産業従事者が声を上げている。
しかし、視点を上げると、それぞれの得意分野を生かした方が、お互いに得るものが大きいことを、著者は歴史を挙げて説明する。
TPPで、沖縄県の黒糖産業は大影響を受けることを生産者は叫ぶ。
世界的に見て、コストが安いものを利用したが、消費者の受けるメリットは大きくなる。
補償金が上乗せられた黒糖は、結局売れなくなくだろう。
産業構造の変革は避けられないことを見据えて、対応しないと、生き残れない。
 
もう一つの主題は、「マルサス」である。
これは、人口増は指数関数的であるが食料供給増は算術的になる、という命題である。
かの、マルクスは、それに伴う必然的な結果として社会革命に至ると「資本論」で述べた。
しかし、なぜ、いま、資本主義の社会が依然繁栄しているのだろう・・・と著者は問う。
人間が根源的に保持する悲観論がその答えである。
言い換えると、不安感、そこに付け込むと商売になる、ということ。
過去は決定されている。
未来は不定である。
では、現在は・・・と意識を持つ人間のみが思い悩む。
将来バラ色と慰撫されるような甘い言葉よりも、近未来のカスタトロフィの方がより受けることは、映画・文学・評論等枚挙にいとまがない。
ここで注意すべきは、過去である。
「昔は良かった」という意識は、ほとんどの年齢になると持つ。
しかし、著者は実例を挙げて、過去は良くなかった、と説明する。
現在の生活水準は、フランスの王侯貴族以上のものを実現している。
同感である。
過去の水準にむりやり戻したい「ノスタル爺也」が、占領時代以前の社会を懐かしんでいるが、彼らは結局目先のことに翻弄されていることに、我々は気付かないといけない。