夏の朝の成層圏

著:池澤夏樹
中央公論社 (1990/05)
ISBN: 978-4122017122
著者の初長編小説である。
これも一種の漂流記である。
トム・ハンクスの映画「キャスト・アウェイ」もフィクション漂流記であるが、
あちらは空から、こちらは船から海中に投げ出され、無人島に漂着する。
人間にとって大切な「火」について、あちらは大変苦労するが、こちらはカメラレンズの利用が可能だった。
あちらは、同時に漂着したモノを必要道具に仕立てるが、こちらはなんという成り行きで、必要物が入手できてしまう。
あちらは、現代生活からの喪失時間の修復にも時間を割くが、こちらはそれには触れない。
あちらは、物質文明と人間の心の移ろいを描くが、こちらは精霊を感じる精神世界が描かれる。
こちらの方は、漂流を題材に日本人が描き出した意識世界、という感が強い。
 
ひとつ、疑問がある。
基本的に、サンゴ礁生成の南方諸島には、土着の蟻はいないと思う。
書中、無人島に至るまでにはネイティブな人間はいた・・・とされるが、彼らが蟻を持ち込んでいたのであろうか。可能性は低いと思う。
ある程度文明化された場所からの船に紛れ込んだ蟻が、ミッドウェイ島で野鳥の脅威となっていることを仄聞したことがある。
蟻は、最初の島に漂着直後及び移転した島で食糧対策を施すところに出てくるが、文明を暗喩しているのだろうか。